GNSS(全地球航法衛星システム)は、高精度な位置情報を必要とする現場でますます重要性を増しています。現在では、日常生活のみならず、建設・農業・物流・自動運転など多くの産業分野にとって欠かせないインフラ技術となりました。しかし、GNSSの精度は、自然環境や技術的要因に大きく左右されるという課題も抱えています。

今回は、GNSSの基本的な仕組みから、精度向上を実現する最新技術、各業界での活用事例、そして将来の展望に至るまでを網羅的に解説します。

GNSSの基本と精度の概念

GNSSの正確性を理解するためには、まずその仕組みと精度の考え方を押さえることが重要です。ここでは、GNSSの仕組みと精度について解説します。

GNSSとは

GNSS(Global Navigation Satellite System)は、地球上のあらゆる場所で位置・速度・時刻を高精度に取得するためのシステムです。代表的なシステムには次のものがあります。

  • アメリカのGPS
  • ロシアのGLONASS
  • EUのGalileo
  • 中国のBeiDou
  • 日本のみちびき

これらは単独でも使用できますが、複数システムを組み合わせた「マルチGNSS」として利用すると、衛星の受信数が増えることで、測位精度と信頼性が大きく向上します。たとえば、スマートフォンの位置情報アプリでは、標準でマルチGNSSが活用されており、都市部でも安定したナビゲーションを実現しています。

GNSSの精度

GNSSの測位精度は、主に衛星の軌道や時計の誤差、電離層や対流圏による信号遅延、地形や建物によるマルチパス干渉、さらには衛星の配置など、複数の要因に影響を受けます。

GNSSは、複数の衛星から発信される時刻情報を受信し、それぞれの到達時間差から距離を算出して、三角測量の原理により位置を特定します。正確な測位には最低4基の衛星が必要です。

一般的な単独測位では誤差が数メートル生じますが、補正技術を組み合わせることで、数センチ、場合によっては数ミリメートル単位まで精度を高めることが可能です。

GNSS精度に影響を与える主な要因

GNSSは理論上、高精度な位置情報を得られる技術ですが、実際の利用環境によっては大きな誤差が発生することもあります。特に自然現象や都市環境の影響は精度低下の主要因です。

GNSS衛星からの信号は宇宙空間では直進しますが、大気圏に入ると電離層や対流圏を通過するため、速度の変化や遅延が生じ、測位誤差の原因となります。ここでは、特に誤差が発生しやすい環境について解説します。

  • 電波伝搬の影響を受ける環境
  • マルチパス干渉と衛星ジオメトリによる影響を受ける環境

電波伝搬の影響を受ける環境

電離層(高度約60km〜1,000km)では、紫外線やX線により分子が電離し、電子密度が高くなっています。この層を通過する際、GNSS信号は周波数ごとに異なる屈折や遅延の影響を受け、測位誤差を引き起こします。

また、対流圏(高度約10km)では水蒸気や気圧の影響により信号が屈折します。特に地平線近くに位置する衛星からの信号ほど、この影響を強く受けます。

さらに、黒点活動や太陽フレアといった太陽活動が活発になると、電離層の電子密度が急激に変動し、信号遅延が増加することで誤差が数十メートルに達することもあります。

実際に、2015年に発生した大規模な太陽フレアでは、アメリカ中部においてGPSの測位誤差が急激に増加し、ドローンの飛行や農業用自動運転機器に支障を来しました。今後数年の間は太陽活動の極大期を迎えるとされ、特に注意が必要です。

マルチパス干渉と衛星ジオメトリによる影響を受ける環境

マルチパス干渉とは、GNSS信号が建物や地面、水面などに反射して届く現象です。直接波と反射波が重なると、受信機が誤った距離を認識してしまい、測位ずれが発生します。高層ビルが立ち並ぶ都市部や山間部では、この干渉が頻繁に起こり、誤差が数十メートルに達することもあります。

また、測位精度には衛星の配置状況を示す「衛星ジオメトリ」が大きく関係します。空に見える衛星が広範囲に分散しているほど、測位精度は向上します。

このジオメトリの良し悪しを数値化する指標として「DOP(Dilution of Precision)」値が使われます。DOP値が1〜2であれば衛星の配置が良好で高精度、6以上になると配置が偏っており、精度が大きく劣化します。

郊外の開けた地域ではDOP値が2以下で済み、誤差も数メートルに抑えられますが、都市部では見通しの悪さにより衛星が偏在し、DOP値が6を超えて誤差が数十メートルになることがあります。

GNSSの高精度化を実現する技術

GNSSを業務で活用するうえでは、リアルタイムでの高精度な位置情報が求められます。ここでは、その実現に貢献する代表的な技術とその仕組みについて解説します。

RTK

RTK(Real-Time Kinematic)は、地上の基準局から補正情報をリアルタイムで取得し、移動局の位置を数センチメートル単位で特定できる高精度測位技術です。

北海道・十勝地方では、RTK対応トラクターが導入され、自動直進走行によって、霧や深夜といった視界不良下でも高精度な作業が可能になっています。その結果、収穫量の向上と作業負担の軽減を同時に実現しています。

PPP

PPP(Precise Point Positioning)は、地上の基準局を用いず、衛星から提供される精密な軌道情報や時計情報を活用することで、高精度測位を可能にする技術です。

JAXAは、高精度単独測位を行うソフトウェア「MALIB」の研究開発をしています。

これにより、リアルタイムにcm級の衛星軌道位置を計算することができるため、ユーザへの画像データ提供時間を大幅に短縮することが可能になります。地球観測衛星で取得した画像データをユーザに提供するまでの時間(レイテンシ)は「数日」から「数時間」まで短縮できる見込みです。

マルチGNSS対応とみちびきの貢献

GPS、GLONASS、Galileo、BeiDou、日本の「みちびき」など、複数の衛星システムを同時に活用する「マルチGNSS」は、測位の安定性を飛躍的に向上させます。

東京都心・新宿駅周辺では、GPS単独では50メートル以上の位置ずれが発生することがありましたが、マルチGNSSとみちびきの補強により、歩道と車道の違いまで識別可能になっています。これにより、Uber Eatsなどの都市型デリバリーサービスでも、精度の高いルート案内が実現しています。

業界別にみる高精度なGNSSの活用シーン

GNSSの高精度化技術は、さまざまな業界で具体的な価値を生んでいます。ここでは、分野ごとの要求精度とその活用事例を紹介します。

自動運転・モビリティ分野

自動運転車両において、GNSSは不可欠な位置認識インフラであり、高速道路では車線単位(数十センチメートル)の精度が求められます。

IMU(Inertial Measurement Unit)は、加速度センサーとジャイロセンサーを組み合わせた装置で、物体の加速度や角速度を高頻度に測定します。小型・低価格化が進み、スマートフォン、ドローン、ロボット、自動車などで広く採用されています。

GNSS単独では、トンネル内や高架下、都市部や山間部などで信号遮断やマルチパス干渉により測位が困難になることがあります。一方、IMUは100Hz〜1000Hzの頻度でデータを取得できるため、GNSSと併用することで短時間の自己位置推定が可能です。

GNSSが正常な場合には補正を行い、信号が途絶えた場合にはIMUで補完することで、切れ目のない高精度な測位を実現します。こうした補完には、カルマンフィルターと呼ばれる統計的手法が用いられています。

農業・建設分野

建設業界では、RTK-GNSSと連動した自動制御機械の普及が進んでいます。

農業分野では、みちびき対応RTKシステムを搭載したスマートトラクターが、播種や施肥の自動化・精密化に寄与しています。

また、作業現場ではGNSSを活用したブルドーザーやショベルカーの導入が進み、人の目視や手動操作に依存せず正確な整地が可能となっています。これにより作業時間を最大50%以上短縮し、人的リソースの大幅削減が可能です。

加えて、作業車両同士の接触や崖付近への侵入といった事故リスクの軽減にもつながっています。GNSSと通信技術を連携させることで、作業員の位置をリアルタイムで把握し、万が一の事態にも迅速に対応できる体制を構築できます。

スマートフォンなどのIT分野

近年では、従来のL1帯域に加えて、L5帯の信号も受信できるスマートフォン端末が増えています。L5帯は帯域幅が広く、マルチパス干渉に強い特性を持つため、都市部のように反射の多い環境でも、測位精度の大幅な向上が期待できます。

GNSS精度の展望

GNSSの精度は技術革新によってさらなる進化が期待されています。ここでは、今後注目されるAIや5Gとの連携により、どのように測位精度が向上していくのかを解説します。

AIとGNSSの連携

GNSSは利便性の高い技術ですが、常に一定の測位誤差を伴うという課題があります。電離層遅延、マルチパス干渉、衛星配置の偏りなど、誤差の要因は多岐にわたります。

これらをリアルタイムで予測・補正する手段として、機械学習を活用したAI技術が注目を集めています。たとえば、過去の測位履歴、周辺建物の構造、気象条件、太陽活動や衛星の配置データといった多様な情報をもとに、AIがその地点で生じやすい誤差を予測し、補正値を即時に導き出して測位結果に適用する仕組みが開発されています。これにより、数メートル単位だった誤差が数十センチレベルまで改善されつつあります。

また、IMU、カメラ、LiDAR、Wi-FiやBluetoothビーコンなど、複数のセンサーを組み合わせた「ハイブリッド測位」の実用化も進んでいます。たとえば、地下街ではGNSSの代わりにIMUとWi-Fi測位を用い、高層ビル街ではカメラでランドマークを認識して自己位置を推定、自動運転ではLiDAR地図とGNSSを融合して数センチ単位の測位精度を実現しています。

AIは各センサーの信頼度をリアルタイムで判断し、最も信頼性の高いデータをもとに最適な位置情報を導き出すことで、多様な環境下でも安定した測位が可能となりつつあります。

5GとGNSSの融合による屋内外連携

GNSSは屋外では高い測位性能を発揮しますが、屋内や地下空間では利用が困難という課題がありました。これを解決するアプローチとして、5GとGNSSの融合が注目されています。

5Gはミリ波帯による高精度な位置推定と、超低遅延の通信によってリアルタイム性に優れており、GNSSと組み合わせることで、屋内外のシームレスな測位が実現します。たとえば、地下街から地上への移動やビル内での階層間ナビゲーションなども、途切れることなく可能になります。

この融合技術は産業分野にも大きな変革をもたらします。物流業界では、倉庫内で自律移動ロボットが5G測位を用いて精密な在庫管理を行い、配送ドローンが屋内外をスムーズに移動できるようになります。

緊急対応の現場では、災害時に建物内で孤立した被災者の位置を正確に把握し、消防隊員がビル内のリアルタイムな位置情報を共有することで、救助活動の迅速化と安全性向上が期待されます。

まとめ

GNSSは、今や日常生活の利便性向上から建設・農業・物流・自動運転といった社会インフラの根幹まで、多岐にわたる分野で不可欠な技術となっています。その一方で、測位精度は常に環境条件や技術的制約に左右されるという課題を抱えており、それを克服するための研究・開発が活発に進められています。

特に、RTKやPPPといった補正技術の進化、GPSに加えGLONASS・Galileo・BeiDou・みちびきなど複数の衛星を活用するマルチGNSS体制の確立、さらにIMUとのデータ統合や5Gとの融合といったハイブリッド測位技術の発展により、センチメートル級の精度と安定性を両立した次世代の位置情報サービスが現実のものとなりつつあります。

こうした技術革新は、精度の要求水準が高い業界において大きなインパクトをもたらしており、今後も活用の裾野はさらに広がっていくでしょう。そのためには、GNSSの基本的な仕組みや測位精度に関する知識を踏まえたうえで、自社の業務内容や運用環境に最適なソリューションを選択することが、これまで以上に重要になってきています。GNSSを正しく理解し、的確に活用することが、次世代の競争力と安全性を支える大きな鍵となるでしょう。

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