LiDAR SLAMは主にロボットやドローン、自動運転など幅広い分野に活用される技術です。近年は公共測量への導入も開始され、注目を集めています。
一度は耳にしたことがあるものの、LiDAR SLAMは専門性が高く活用分野も広いため、理解するのが難しいと感じられる方も多いのではないでしょうか?そこで今回は、LiDAR SLAMの原理や特徴を基本から解説します。活用用途も交えて、導入検討を進める上で欠かせない性能や注意点などの情報も紹介します。
LiDAR SLAMを構成する技術
LiDAR SLAMはレーザーを照射して周囲をスキャンし、自分の位置と周辺地形を同時に把握する技術です。取得情報を計算処理する「SLAM」と、リモートセンシングの一種である「LiDAR」という2つの技術から構成され、目的に応じてさまざまなデバイスに搭載されて用いられます。
SLAMとは
まずは、LiDAR SLAMの構成技術である「SLAM」について解説します。
SLAMの意味と特徴
SLAMは、次の頭文字をとったものです。
- Simultaneous(=同時に)
- Localization(=自己位置推定)
- and
- Mapping(=環境地図作成)
その言葉どおり、SLAMが搭載されたデバイスは、スキャンデータを処理して周辺の地図を構築するのと同時に、作った地図上で自身の位置がどこにあるのかを特定できます。また、一連の処理において、GNSSを介さずに自己位置推定を行えることがSLAMの大きな特徴です。
SLAMの実行過程
SLAMにおけるデータ処理は、具体的には次のように行われます。
- スキャンデータの取得:自走しながら、センサーにより周囲環境のデータが取得される。
- 自己位置推定:新しい取得データを過去の地図と照合することで、デバイスの自己位置が計算される。
- 地図更新:推定した位置情報を基準として、新しいデータが既存の地図データに統合される。
上記の処理を繰り返すことで、SLAMが搭載されたデバイスは、地図データの領域拡張と精度向上を行います。
SLAMを実行するアルゴリズム
自己位置推定や地図作成といった計算処理は、SLAMに組み込まれた高度なアルゴリズムにより実行されます。ここでは、一例として、点群データの照合に特化したアルゴリズムを紹介します。これら以外にも、誤差が生じたときに最適化を行うアルゴリズムや、スキャンの最初に初期値を与えるためのアルゴリズム(オドメトリ)が存在します。
NTD(Normal Distributions Transform)
NTDは、点群を正規分布で表現したうえで、点群どうしの位置合わせを行うアルゴリズムです。データ処理の初期工程や、ループ処理(デバイスがルート開始点に再び戻ってきた際の処理)など、全体的なマッチングが必要な工程で用いられます。
ICP(Iterative Closest Point)
ICPは、2つの点群データを直接比較して、対応点(最も近い点)を見つけて位置合わせを行うアルゴリズムです。連続的なフレームどうしのつなぎあわせの局面に用いられます。
SLAMの身近な活用事例
SLAMの身近な活用例として思い浮かべやすいのは掃除ロボットでしょう。掃除ロボットは、内部に搭載されたSLAMにより、部屋の中を動きながら室内地図を更新し、かつその地図のどこを走行しているかを認識して動きます。こうしたSLAMの仕組みにより、掃除ロボットは家具などの障害物をうまく回避しながら、最短ルートを算出して自走することができます。
参照元:写真測量とリモートセンシング 62 巻 (2023) 2 号/書誌 「2.SLAMの基礎知識」
LiDARとは
続いて、LiDAR SLAMのセンサー部分として採用される技術「LiDAR」について解説します。
LiDARの意味と由来
LiDARはリモートセンシングの一つであり、周囲多方向にレーザー光線を照射し、返ってきた情報をもとに周辺環境をスキャンする技術を指します。
「Light Detection And Ranging」あるいは「Laser Imaging, Detection, and Ranging」の頭文字を取ったものが名前の由来で、いずれも「レーザー光による検知と測距」といった意味です。日本語では「ライダー」と呼ばれます。
LiDARで取得される点群データ
LiDARにおいて、対象物の形状や空間情報は膨大な点の集合として表現されます。具体的には、(x,y)もしくは(x,y,z)からなる座標値として情報が取得され、こうしたデータ形式は点群(Point Cloud)と呼ばれます。
点群データの測定精度を左右するのは取得する点群の密度です。点群密度が高いほど対象物の表現がより緻密になります。
LiDARのスキャン原理
LiDARでは、どのような原理でスキャンが行われるのでしょうか?計測方式には「ToF方式」と「FMCW方式」があります。
ToF(Time of Flight)方式
ToF方式では、照射光が対象物体に反射して返ってくるまでにかかる時間、あるいは返ってきた光との位相差から導き出した時間をもとに、対象物との距離が算出されます。レーザーの照射角度をもとにして、座標情報も取得可能です。
ToF方式によるLiDARは構造が単純で、低コストで生産できるというメリットがあるため、多くの機器で採用されています。
FMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式
FMCW方式では、周波数が徐々に変化する電波を使用して、送信波と受信波の周波数の差をもとに対象物との距離が計算されます。
ToF方式と比べて、高精度で長距離のスキャンが可能というメリットがある一方、信号処理が複雑で、それに応じてコストも高く、LiDARでの実用化はあまり進んでいません。
LiDARを行う装置の形式
LiDARは、レーザー照射を行う装置の形式によっても分類できます。「回転式」「MEMS式」「光学式」などさまざまな種類があり、どの形式が採用されるかによりハードウェアの特性も異なります。
回転式
回転式は、照射部分をモーターで回転させながらレーザー照射をする形式です。360°全方向を計測できる利点がある一方で、小型化に課題があります。
MEMS式
MEMS式は、光学技術や半導体技術を用いることで小型化やコストカットを実現した形式です。MEMS方式(Micro Electro Mechanical Systemの略称)や、Solid State Lidarとも呼ばれます。
光学式
光学式は、光の回折現象を利用して一本のレーザー光を複数に分割して照射する方式で、Flash LiDARとも呼ばれます。近年はiPhoneにもLiDARが搭載されていますが、そこで採用されているのもこの光学式です。
SLAMの種類
SLAMのセンサー技術として用いられるのはLiDARだけではありません。LiDAR SLAM以外にも、搭載されるセンサーの違いから「Visual SLAM」や「Depth SLAM」といった種類があります。
いずれも「自己位置推定と同時に環境地図を生成する」という基本原理は共通しているものの、スキャンデータの形式やその処理プロセスが異なります。ここでは、それぞれの概要を解説します。
Visual SLAM
Visual SLAMは、カメラをセンサーとして使用するSLAMです。具体的には、撮影した画像どうしの共通するポイントをつなぎ合わせることで周囲環境を構築します。カメラとしては単眼カメラや広角カメラ、魚眼カメラなど、さまざまな種類が採用されています。
LiDAR SLAMと比べると、カメラ自体のコストが低いことからSLAM機器を安価に抑えられ、さらに色情報を取得できることが大きなメリットです。その反面、暗い場所や、特徴変化のない環境では精度が低下するといったカメラ由来の弱点もあります。
Depth SLAM
Depth SLAMは、奥行き情報(深度データ)を利用して自己位置推定と環境地図の作成を行うSLAM技術です。この方式ではToF方式が採用されており、奥行き情報をもとにSLAMが実行されます。
センサー装置としては、Depthセンサー(深度センサーとも)の搭載されたToFカメラやステレオカメラが採用されており、対象物との距離情報をもとに深度マップとして環境地図が構築されます。
Visual SLAMとは異なり光や視覚情報に依存していないことから、暗所や屋内、特徴点の少ない環境でも高精度にマッピングできることがメリットです。ただし、測距範囲は短く、たとえばToFカメラを用いた場合は5~10m程度に限られるため、広域計測に課題があります。
LiDAR SLAM
LiDAR SLAMはレーザー光を使用することから、上記のSLAMと比べて測距範囲が最も長く、100mほど離れた対象物もスキャン可能です。
また、回転式の照射装置であれば360°全方向にスキャンが可能であり、垂直方向の情報(高低差など)も捉えられるので、3次元的な環境認識に特化しています。
以上から、屋内・屋外を問わず多様な用途に活用できるのがLiDAR SLAMのメリットといえます。
参照元:写真測量とリモートセンシング 62 巻 (2023) 3 号/書誌 「4.SLAMの原理」
その他のセンサー技術
これ以外にも、複数のセンサーを組み込んで取得データを融合することでスキャン性能を補完したSLAM機種もあります。
たとえば、Visual SLAMとLiDAR SLAMを両方とも搭載し、色付き点群を取得できる機種や、GNSSをLiDARに複合して自己位置の推定時間を短縮したものなど、さまざまな機種が実用化されています。
このような技術はセンサーフュージョンと呼ばれ、SLAM機種ごとの性能の差別化要素にもなっています。
LiDAR SLAMのメリット
続いて、LiDAR SLAMのメリットと、向いている用途について解説します。
- 高い精度の求められる計測に向いている
- 暗所やGPSの届かない環境に向いている
- 遠距離計測に向いている
高い精度の求められる計測に向いている
LiDAR SLAMにおける特徴の一つは、高い測定精度です。短波長のレーザー光を使って高密度に点群を取得できるため、測定誤差を最大で数mm単位に抑えられます。
そのため、公共測量などの、計測精度がシビアに要求される用途にも向いています。
暗所やGPSの届かない環境に向いている
LiDAR SLAMでは、レーザー光を使用していることから環境光の影響を受けづらく、夜間でも使用できます。加えて、GNSSに依存せず自己位置推定を行えるため、屋内や地下、山間部などでの計測も可能です。
遠距離計測に向いている
LiDAR SLAMは100m以上の遠距離計測が可能です。そのため、広範囲の空間における三次元スキャンや、巨大な建物の計測にも対応できます。
LiDAR SLAMのデメリット
LiDAR SLAMにはメリットだけでなく、デメリットや課題もあります。導入を検討する際は、デメリットも把握したうえで、使用目的であるスキャン対象に問題なく適応できるかを慎重に考慮する必要があります。
- 高価である
- データ処理の負荷が大きい
- 不向きな計測対象がある
- 色情報が取得できない
高価である
使用機器の導入コストは高くなりがちです。これには、LiDARセンサーのレーザー照射部などの低コスト化や小型化が難しいという背景があります。
一方で、近年ではiPhoneにもLiDARが搭載されるなど、汎用化も進んでいます。
データ処理の負荷が大きい
膨大な点群データを扱うため、処理時間が長くなることもLiDAR SLAMの課題です。またデータを取り込む際にハードウェア側の性能が求められる点にも留意が必要です。
不向きな計測対象がある
レーザーを用いるLiDAR SLAMの特性から、表面下錯乱や拡散反射が生じてしまう場合、反射光の計測が困難です。そのため、霧や雨天では計測できません。
また、雑木林などデータ統合の手がかりになる特徴点を抽出するのが困難な環境では、自己位置を途中で見失い、地図作成に失敗する可能性が高まります。
色情報が取得できない
色情報が取得できないこともLiDAR SLAMの難点です。
特に測量分野では、計測対象の地物を明瞭に識別できることや、視覚的な把握のしやすさが求められるため、色情報は欠かせません。こうした用途においては、LiDARセンサー単独ではなく、色情報を取得できるカメラセンサーも搭載されたSLAM機器が有効です。
LiDAR SLAMの活用事例
ここでは、LiDAR SLAMの活用事例を紹介します。近年ではセンサーの小型化や高性能化が進み、多様な形態の機器が開発されています。背負って使用できるバックパックLiDARや、手に持って計測できるハンドヘルドLiDAR(ハンディスキャナ)、UAV-LiDAR(ドローン)といった、さまざまな形式のLiDAR SLAMが登場し、それに伴い活用領域も広がっています。
土木・建設現場での活用
地形的制約が大きい土木や測量の分野において、従来手法に変わる新たな測量手段として、LiDAR SLAMの利用が普及しつつあります。
建設・土木工事の現場では、起工測量、進捗確認、出来形管理に活用され、正確な測量や作業の省力化に役立てられています。また、GPSが届かないトンネルや、調査に危険が伴う橋梁など、インフラ構造物の点検や維持管理においても積極的に活用されています。
自動運転技術への応用
自動車の自立走行において、LiDAR SLAMは欠かせない技術です。LiDAR SLAMの活用により車両の位置や周囲環境をリアルタイムで把握できるため、自動運転の実用化が進んでいます。
ロボット分野での活用
LiDAR SLAMは、ロボットが自律的に移動し、周囲の環境を認識するための重要な技術です。この技術は私たちの身近な生活にも広く浸透しており、掃除ロボットをはじめとした家庭用ロボット、レストランで稼働する配膳ロボット、倉庫内の搬送ロボットなどに搭載されています。
LiDAR SLAMにより、ロボットは環境をリアルタイムで把握し、障害物を避けながら最適なルートを選択して移動できます。そのため、この技術は効率的な自律移動を実現し、私たちの生活や産業を支える重要な要素となっています。
LiDAR SLAMの今後-国交省でも普及推奨される技術
近年、LiDAR SLAMの普及は、国を挙げて推進されています。
国土交通省は生産性向上を目的として、LiDAR SLAMの測量業務での普及を推奨しており、それに伴って2022年には、国土地理院より「LiDAR SLAM技術を用いた公共測量マニュアル」が公表されました。当該マニュアルでは、LiDAR SLAMを用いた測量の手順や成果物の要求仕様が規定されています。
LiDAR SLAMは政府も推奨する信頼性の高い技術として、今後もさらに普及が進んでいくでしょう。
参照元:Lidar SLAM技術を用いた公共測量マニュアル(国土地理院)
まとめ
LiDAR SLAMは、LiDARを活用して自己位置推定と環境地図の作成を同時に行う技術であり、測量・建設、自動運転、ロボット技術など幅広い分野で実用化が進んでいます。
この技術の最大のメリットは、高精度な三次元計測が可能であることに加え、GNSSが使えない環境や暗所でも安定して動作できることです。そのため、トンネル測量やインフラ点検、屋内ナビゲーションなど、従来の測位技術では対応が難しかった分野での活用が期待されています。
一方で、高価な機器コストや、大量の点群データを処理する際の計算負荷といった課題も存在します。これらの問題を克服するため、今後は小型化・低コスト化の進展、AIや5Gとの連携によるデータ処理の効率化が重要なテーマとなるでしょう。
また、国土交通省の公共測量マニュアルの発表など、行政の後押しもあり、LiDAR SLAMの標準化と普及が加速しています。これにより、測量業務や自律移動技術の分野でさらなる技術革新が進むと考えられます。
今後もLiDAR SLAMの技術革新が進むことで、より多くの分野での応用が期待され、社会全体のデジタル化と自動化に貢献していくでしょう。